月刊 ★ ねじまき 

カテゴリ:火曜日にはねじをまく。( 145 )

川柳句集「スローリバー」

川合大祐さんの川柳句集「スローリバー」が、あざみエージェントから出版された。どこまでも青一色の表紙にまずドキリとさせられる。冒頭の「猫のゆりかご」の章では、川柳を書くこと、言葉を発すること、文字をつづることと向き合う作者の姿に出会う。川合大祐さんが、川柳を呼吸し言葉に寄り添って生きていることを強く感じる章である。私は作者の書く月の句に惹かれる。

満月を開ければ 何もない廊下
午後もまた未来のひとつ 月だ
目の裏を見るように見る月の裏

まあるい完成した形である月を見つめるところから生まれるさびしさのようなもの。月ではないけれど、こんな句も。やはり丸くて完璧な形とさみしさがつながっている。

同心円みんなさみしくなりなさい

川合大祐さんの句を読みながら、カート・ヴォネガットの祈りのような言葉の断片のいくつかを思った。

I wanted all things to seem to make some sense, so we could all be
happy , yes, instead of tense. And I made up lies, so they all fit nice,
and I made this sad world a paradise.(すべての物事がつじつまが合うものであってほしいと思う。そうすれば、われわれはみんなハッピーになれるし、緊張しなくてすむ。だからわたしは嘘をいくつもついてきた。そうすれば、すべてが丸く収まるし、この悲しい世界を楽園にすることができるからだ。)

~「国のない男」カート・ヴォネガット/金原瑞人訳(日本放送出版協会)より
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by nezimakikukai | 2016-08-16 12:36 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

古錐さんのこと。

おかじょうき川柳社の角田古錐さんの訃報が届いた。私が古錐さんにお会いしたのはたった一度きりだ。初めてお会いして、にっこり笑いかけてくださった瞬間に、ほっとすると同時にずっと以前から知っている方のように錯覚してしまった。本当にそんなことがあったのかどうか記憶は定かでないのだが、隣にすわって静かに話してくださる古錐さんの声に耳を傾けていた気がするのだ。お会いしない時間のうちに古錐さんのイメージはどんどん蓄積されていった。誠実で思慮深い。飄々としてときどきお茶目。ジャズを愛するかっこいいおじさん。クールだけど温かい。青森に行けば、またお会いできるものと思い込んでいた。その場所に古錐さんがいなくなることなど思いも寄らなかった。いつだって私は迂闊でぼんやりだ。

まあしょうがないなと欠けた月を見る  角田古錐

ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
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by nezimakikukai | 2016-08-09 23:29 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

バナナですから。

積極的に付録をめざすバナナ   二村鉄子
   (第132回ねじまき句会 雑詠より。)

おもしろさは「積極的に付録をめざす」のが「バナナ」であるところだろう。付録ってめざすものじゃないし・・・という突っ込みどころには少々安定感がありすぎるきらいもあるが、それが積極的だというのにはダメ押しの妙がある。さて、積極的に付録をめざすのはというと・・・。そこで悠々と「バナナ」の登場である。大昔は高級だったバナナ。いつかありふれてしまったバナナ。ジュースにはよく使われているが、そのまま食べる頻度は少なくなった。青いのは青い味がする。完熟はとびきり甘い。すぐに黒ずんで見かけが悪くなってしまう。バナナ、バナナ、この不可思議な存在。バナナと付録。付録とバナナ。感触がとてもおもしろい。
そういえば、このあいだ神宮に行ったときに「バナナ屋さんの前を通ったら・・・」と話しているのを聞いた。ひょっとしてと思い当たる建物がある。倉庫風の建物の前に台があってバナナが載っていた。気になって尋ねてみると本当にバナナ屋さんらしい。地下に室があるのだとか。なんだかすごいなあ。「バナナ」はなかなか力のある言葉だ。
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by nezimakikukai | 2016-08-02 22:58 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

題詠「客」

柿の木から落ちた客室乗務員   丸山進

まだ青い隣の客を柿が食う    瀧村小奈生

どちらの句も「隣の客はよく柿食う客だ」を下敷きにしている。前者は、「客室乗務員」が核になっていて、早口言葉への連想から「柿」の木から落ちる事態となる。後者は、早口言葉の中の「客」と「柿」が入れ替わることで、ホラーめいた世界が現れる。手法は全然違うが、誰もが知っている早口言葉に支えられている点で共通している。特に後者の場合は、「柿」と「客」の入れ替えだけである点をよしとしない判断もあってしかるべきであり、この句を選ぶかどうかは、その点を承知の上でおもしろいと思えるかどうかにかかっている。

さて、最近ではそれを口にすることに虚しさと気恥ずかしさを覚えるせいか誰も言わなくなったのだが、こういう句が出てくるということは、「客」という題の難しさのあらわれではないだろうか。ホント、苦労しました!
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by nezimakikukai | 2016-07-26 18:26 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

題詠「室」より。

側室もないが自分の部屋もない  北原おさ虫

久々にオジサンのトホホ度満点の句に出会って爽快だった。側室っていわゆる愛人ですか?愛人よりちょっと格調高いのかなあ。いずれにせよ、そんなのそこいらのオジサンにはまあまあ無縁ですよね。そんな気力も甲斐性もないのが一般的にちがいない。住まいだって、そうそう豪邸に住めるはずもなく、側室をおくような部屋がないどころか自分の部屋もないという。たいしたことは何も言っていないのだが、軽妙で嫌みのない面白さがある。「側室もない」と言われると、一瞬「客室」「和室」のような部屋の種類に聞こえるのもいい。
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by nezimakikukai | 2016-07-19 23:20 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

少女について。

第131回ねじまき句会の雑詠の句。

ガチャガチャを回すと転がり出る少女  猫田千恵子

まさに「少女」である。こういうときに「少年」は出てこない。少女だって「ガチャガチャ」から出てくるはずはないのだが、出てきておかしくない気がするのだ。透明のプラスチックに入った少女。危うさや不完全さをもつ少女のイメージがすんなりと伝わってくる。ガチャガチャを回すときの期待感と諦めの入り混じった不思議な感覚も少女にふさわしい。粗雑なのに繊細で、安っぽさもあるのに抜群に輝いている。相反するものを内包して少女はそこにいる。東直子さんの短歌にも、しばしば少女が現れる。

真夜中にきらきら座る少女たち箱詰めされる球体として  東直子
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by nezimakikukai | 2016-07-12 22:51 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

「川柳 フェニックス」

フェニックス川柳会は瀬戸市を拠点とする川柳のグループである。ねじまき句会の丸山進さんが瀬戸市の「学びキャンパス」で開いている講座のメンバーから生まれた川柳の会だ。みなさん向上心旺盛で積極的、そして何より川柳が大好きで、川柳のある暮らしを楽しんでいらっしゃるのが伝わってくる。フェニックス川柳会の安藤なみさん、北原おさ虫さん、三好光明さん、そしてもちろん丸山進さんはねじまき句会のメンバーでもある。瀬戸は川柳がホットな土地なのだ。瀬戸焼そばより川柳がホット!・・・だと思う。「川柳フェニックス」第6号からお気に入りをピックアップさせていただく。瀧村小奈生の3句選。

焚火から古代の顔が現れる      安藤なみ

*火をじっと見ているとこんなものも見えそう。「火」と「古代の顔」って何だか説得力があるのだが、ほんとは古代の顔じゃなくて知り合いの誰かに似た顔なのかも。

ユーミンと息を合わせたみじん切り  稲垣康江
 
*みじん切りにふさわしいのは「恋人がサンタクロース」かなあ。「ベルベットイースター」じゃ不揃いになってしまいそうだしスピードも出ない。「リフレインが叫んでる」もいけそう。・・・みじん切り、楽しい!

長い目で見るとお役に立てている   三好光明

*「お役に立てている」ってなかなか言えないんじゃないだろうか。「立っている」じゃなくて「立てている」というところに自負と謙遜の両方がうかがえる。でも、まず長い目で見てもらわないと。
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by nezimakikukai | 2016-07-05 23:20 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(2)

川柳社杜人創刊250号

 「川柳杜人」250号が届いた。巻頭の山河舞句さんの〈ごあいさつ〉を拝見して、その歴史を初めて知った。川柳の歴史を語るのに欠かすことのできない人々が関わった雑誌であることを知ると、心なしか手にした雑誌が重く感じられる。昭和22年から現在まで、脈々と受け継がれてきた歴史である。すごいことだなあとしみじみ思う。
 記念誌上句会では、ねじまき句会の八上桐子さんが「朝」の選者を務めた。また、ねじまきメンバーもたくさん参加させていただいた。250号の幸せをおすそ分けしていただいたようで、ありがたいことである。「川柳ねじまき」は、ただいま第3号をめざしているところ。ひよっこ以下どころか卵とも呼べない。数を思うと気が遠くなるので、目の前のひとつひとつのことにできるかぎりの力を尽くしたい。

*250号記念誌上句会より。

「朝」

文字がほどける雨の朝のぬけがら     妹尾凛
来る前に汚れてしまっていた朝      八上桐子
喃語からやわらかな朝溢れだす      青砥和子
輪郭をなくした朝を渡される       米山明日歌
重そうな袋に包囲される朝        三好光明
臨時ニュース「朝が故障で明けません」  丸山進
朝を待つ象の鎖骨にふれながら      瀧村小奈生

*「着」

終着駅出てみな違う歩きよう       青砥和子
古の名前のひとつ流れ着く        猫田千恵子
極楽に着地したのかそれっきり      中川喜代子
順番をまちがえないで光着る       妹尾凛
たどり着かないようにあなたを迂回する  瀧村小奈生
葉脈のような光を着て春は        妹尾凛
着メロは天突くヨイトマケの唄      丸山進
痒そうに終着駅が立っている       瀧村小奈生
目の中で妹が着けたくちびる       八上桐子

杜人のみなさま、創刊250号おめでとうございます。
心よりお祝い申し上げます。
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by nezimakikukai | 2016-06-27 16:57 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

番外編へようこそ。

番外編に参加してくださった斉尾くにこさん、月波与生さん、笹田かなえさん、早川由香さん、どうもありがとうございます。突然の呼びかけにもかかわらず、気軽に応えてくださって本当にうれしく思います。まだ11時15分。締め切りまで45分あるので、今からまだまだ届くかもしれませんね。ひゃー、わくわく。番外編については、句会結果報告のページに掲載させていただきます。びっくりするくらいたくさんの「実」がとれたらいいのになあ。
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by nezimakikukai | 2016-06-21 23:18 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

まきそびれたねじなんですが・・・。

2016年のねじまき句会の題は「うかんむり」の漢字シリーズ。5月は「実」だったのですが、吟行会になったため実行されませんでした。せっかくの「実」だったのに、残念っていうか申し訳ない(「実」さんに)っていうか、そんな気持ちになります。で、ほんの思いつきなのですが、「ねじまき番外編」として、みんなで作ってみませんか。コメント欄に1人限定1句、必ずお名前を添えて投句してください。番外編なので、このサイトをご覧くださった方はどなたでも投句していただけます。締め切りは6月21日(火)24時です。集まった作品は句会結果のコーナーに投句順に全作品を掲出します。たくさんのみなさんにお会いできるとうれしいです。
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by nezimakikukai | 2016-06-14 23:31 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(15)



川柳句会「ねじまき句会」の公式サイトです
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