月刊 ★ ねじまき 

カテゴリ:火曜日にはねじをまく。( 145 )

切れ字あり、古語風であり。

宿世とてツルムラサキに生まれけり   瀧村小奈生

川柳にはふつう切れ字は使わない、川柳はふつう口語で書くという原則からすればNGである。幸いにも歴史的仮名遣いは使わずにすんでいるが、違和感を持つ人もいるだろう。ねじまき句会は選んだ理由も選ばなかった理由も言う句会なので、当然賛否両論があった。選ぶ側の理由としては、「宿世」という古めかしい語に対して「とて」「けり」の選択がふさわしいということや、「ツルムラサキ」を配したおもしろさがあげられる。一方、選ばなかった側は、「宿世」などという普段使わない語を使ったうえに「けり」で止める言い回しにも疑問を投げかける。同じことをもっとわかりやすい言葉で言えないのかという意見もあった。題が「宿」で「宿世」という語にたどりつき、そこからすべてが始まった句なのだが、切れ字があっても古語が使われていても、川柳であることだけは明らかなように思われる。
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by nezimakikukai | 2016-10-25 23:24 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

第31回国民文化祭あいち2016

愛知県で10月29日から12月3日まで愛知県で開催されるビッグ・イベントなのでねじまきにも関係のある分野別フェスティバルについてご紹介します。

☆連句の祭典
10月29日(土)
 (吟行会) 市内各所 12:30~17:30          
 (交流会) 熱田神宮 神宮会館 18:00~20:00
10月30日(日)
 (連句大会) 熱田神宮 文化殿 10:00~16:30

☆川柳の普及向上と川柳愛好家のための全国大会
11月20日(日) 犬山市民文化会館 9:00~17:00

11月は国民文化祭の川柳大会に参加するメンバーも多いので句会はお休みにしました。全員とはいきませんが、参加可能なメンバーは国民文化祭に行ってきます。
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by nezimakikukai | 2016-10-18 23:35 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

「宮」という題。

「宮」。題詠という機会をもらわなかったら、使わないかもしれないと思う言葉だ。135回の記録でおわかりいただけるように、おおむね苦吟である。苦しいけれど、並んだ15句の合間から、必死になって「宮」と向かい合う仲間の姿も垣間見えるようでうれしくなってくる。ついでに、「海宮」がリュウグウだとか、思わぬ勉強もできる。「守宮」は使うまいなどというわかるようなわからないような決心で臨んだ人もいるらしく、何やらおもしろいのである。

宮仕えした事がある公孫樹   中川喜代子

「宮仕え」と「公孫樹」の響き合いが絶妙。題が生み出した句と言えるのではないだろうか。

重ねてみました守宮のつめたさを   八上桐子

ああ、やっぱり守宮には逆らえません。「つめたさ」を重ねられたら降参するしかない。

10月は「宿」にチャンスをもらうことになっている。
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by nezimakikukai | 2016-10-11 23:57 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

金木犀の国へ。

なかはられいこ、青砥和子、妹尾凛、瀧村小奈生の4人で「杜人」の句会に参加させていただいた。青森からは笹田かなえさんも。仙台駅に降り立つと、青森から来たかなえさんや飛行機で神戸から来た凛ちゃんと、歩きながらいとも簡単に合流。すごいな、仙台。きっと目に見えない力が働いているにちがいない。仙台は、のっけから金木犀の香りに満ちている。季節が早い。やはり北の国だ。いっぱい花をつけた大きな木が街のいたるところにある。なかはられいこさんは、到着するなり「仙台に住みたい」宣言を連発していた。「いいなあ、仙台。」「好きだなあ、仙台。」確かに気持ちはよくわかる。「杜人」の句会レポートは、「ねじまき」♯3に掲載予定。句会の後、広瀬ちえみさんが素敵なお店に案内してくださって、おいしい夕食をいただいた。その途中で、どんな経緯だったのか「じゃあ、明日は松島で吟行しましょうか。」というちえみさんの声がして、翌日は松島吟行というオマケまで堪能した。夢のように(本当に夢のように)楽しい2日間だった。
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by nezimakikukai | 2016-10-04 23:17 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

からだしかなくて鯨の夜になる    八上桐子

第135回ねじまき句会、雑詠の最高点句。意識される身体、真黒な夜の海、大きな鯨のからだ。伝わるという点で、この句の表現はなんと行き届いているのだろう。「鯨の夜」は、まるで大きな黒い空洞のような鯨を想像させる。「からだしか」ないワタシは「鯨の夜」になるのだ。ワタシの身体も輪郭だけの空洞のように感じられる。この差し迫った感覚は、読む者の身体に言葉を吸収するのと同時進行で入り込んでくる。そんな感触を受け取った。もちろん、読みは人によって異なる。しかし、どの人にも何かを伝える力を持った句であることは確かなようである。
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by nezimakikukai | 2016-09-27 23:02 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

台風16号。

現在、午後11時11分。台風は名古屋をすでに通過した。静かである。台風の川柳ってどんなのがあるのかと検索してみたが、ウーンな感じだ。「台風・川柳」で新家完司さんの顔写真がバーン!と出ているページがヒットして、思わず「こんばんは。」と挨拶してしまった。台風の川柳の作品は見当たらなかったので失礼して、「俳句・台風」で検索してみた。さすが、滅茶苦茶いっぱいある。台風は秋の季語だから当然なのだろうが、ドカーンとまとめていろいろな作者の作品を見られてしまう。見ていて稲畑汀子さんの台風の句が群を抜いて多いことに気づく。台風がお好きなのだろうか。そんなこともまた面白い。

梯子あり颱風の目の青空へ    西東三鬼

「颱風」の漢字がかっこいい。台風を「颱風」と書くことはきっと一生ないだろうなと思う。
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by nezimakikukai | 2016-09-20 23:33 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

2004「ヴァーサス」のころ。

展翅板見つめるときの眼の痛み   小池正博

なぜか私と川柳との出会いはすべて「短歌ヴァ―サス」から始まる。なかはられいこさんとつながって、ねじまき句会に転がり込んだのも「ヴァーサス」のおかげだ。「川柳カード」でも連句でもお世話になっている小池正博さんの句と初めて遭遇したのは、石田柊馬さんのコラムでのことだった。展翅板を見つめるところを想像して「ほんと、痛いわ。」などと独り言を言っていた気がする。川柳を書き始める前の話である。「短歌ヴァ―サス」には、〈現代詩ヴァ―サス〉〈俳句ヴァ―サス〉〈川柳ヴァーサス〉というコラムのコーナーがあって、とても楽しかった。「短歌ヴァ―サス」にご縁をいただいて、ねじまき句会に参加してみると、編集責任者のところに名前があった荻原裕幸さんが司会をしていらっしゃって、相当感動した。いつも出るのを心待ちにしていた雑誌である。あるとき、なくなったということもわからないくらい唐突になくなった。あの短い時期にあの雑誌と出会わなければ川柳を書いている自分は存在しない。2004年9月に私は初めて川柳を書いて初めてねじまき句会に参加した。個人的なことで申し訳ないのだが、9月はついつい振り返ってしまう月である。
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by nezimakikukai | 2016-09-13 23:13 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

「ねじまき」♯3宣言。

「川柳ねじまき」の第3号を年末に発行する予定である。1号、2号と年に1冊のペースで発行してきた。年に一度の雑誌は年刊というのだろうが、あまり聞いたことがない。カメも驚くほどのゆったりペースだ。そして、3号となると怖さも一入である。知らず知らずマンネリ化していないか。黒々と手垢にまみれていないか。そもそも本当におもしろいのか。それでも私たちは挑戦する。読んでくださるみなさんに感謝の気持ちをこめて誠実に向き合いたい。おそるおそる私たちの川柳を差し出してみたいと思う。発行は12月下旬を予定している。
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by nezimakikukai | 2016-09-06 17:05 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

家庭的紫芋の座り方   中川喜代子

8月の句会、題詠「家」の最高点句である。残念ながら8月の句会は欠席だったので、どのように選んだ理由、選ばなかった理由が語られたかを全く知らない。特に今回はほぼフルメンバーでの句会だったので、さぞかしおもしろかったにちがいない。返す返すも残念なことをした。私はと言えば、捨てられなかったのである。どうにも惹かれるのだ。「家庭的」ってどういうこと?料理でも人でもお店でもなく「紫芋」って?「紫芋」が座るって?座るということをイメージするにはかなり遠い形状だ。紫の上なら座るけれど、「紫芋」なのだ。「座り方」にまで言及しているので、単に座るという以上の話である。「家庭的紫芋」と呼ばれる人物の特徴的な「座り方」のことを言っているのかとも思うが、杳としてとらえどころがない。にもかかわらず捨てがたい魅力で引っ張られる句なのである。こういうときは素直になろう。はっきりしないけれど好きだと感じることにまずは素直になってみて始めればいいんじゃないだろうか。
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by nezimakikukai | 2016-08-30 21:56 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

祝杯。

愛知県連句協会から入選のお知らせが届いた。第31回国民文化祭あいち「連句の祭典」の歌仙募集に応募したねじまき句会のメンバー有志による歌仙「うすらひや」が愛知県連句協会奨励賞をいただいたとのことである。さっそく日曜日の句会の後にささやかに祝杯をあげた。が、悔しいのである。513巻の応募作品の中から目にとめていただけたことは幸せなことである。連句として明らかに瑕疵がありながらも、選んでいただけたということは捌きさえしっかりしていればもっといい作品にできたということに他ならない。連衆にこれほど恵まれながら、その力を生かせていない捌きの力不足が悔やまれてならない。捌きの力が足りないと・・・1.作品に疵をつくる。2.ルールに縛られて自由な物語が紡げない。この2点がいちばんいけないのだと思う。ルールを窮屈なものにするのも、作品を羽ばたかせるためのジャンプ台にするのも、捌きの力量次第なのではないか。愛知県連句協会からもう1通のお知らせが届いた。二村鉄子さんとの両吟で応募した「大名古屋ビルヂング」の入選のお知らせである。返す返すも連衆に恵まれているのだ。素晴らしい連衆のみなさんに申し訳ないことをしていると思うと、悔しくてたまらない。
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by nezimakikukai | 2016-08-23 16:43 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)



川柳句会「ねじまき句会」の公式サイトです
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