月刊 ★ ねじまき 

カテゴリ:火曜日にはねじをまく。( 162 )

事前投句と選句。

ねじまき句会では、題詠と雑詠を1週間前に投句し、題詠だけは無記名の句稿がメーリングリストに流れて各自が事前に選句しておくシステムが定着してきた。このやり方のよいところは、じっくり読める点である。わからないこと、不審な点は存分に調べたうえで考えることができる。なぜその句を選ぶのか、また選ばないのかということも自分なりに整理して考えたうえで句会に臨むことができるところがいい。自分自身の選句システムを自分で意識できると思うからである。また、雑詠に関しては、句会当日に初めて句と対面して選んでいくので、題詠の選句とは違う何かが働く点もおもしろい。5月の題詠の句稿が、今日流れてきた。全20句。来た!来た!来た!今月は5句選。日曜日の句会までじっくり楽しむことができる。
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by nezimakikukai | 2017-05-16 23:20 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

ああついに生姜の匂いする頃に  樋口由紀子

1998年創刊の「MANO」が終刊を迎えた。由紀子さんは「MANO」編集発行人である。メンバーは加藤久子さん、小池正博さん、佐藤みさ子さん、樋口由紀子さん。加藤さんと佐藤さんには、去年、杜人の句会でお目にかかった。小池さんと樋口さんには、「川柳カード」でお世話になった。創刊メンバーは、石部明さん、倉本朝世さんと加藤さん、佐藤さん、樋口さんの5人。わたしがライブで知らない川柳の時代である。樋口さんは、樋口さんと言うより由紀子さんと呼んだほうがしっくりくる。あまりゆっくりお話しさせていただく機会もないのに、お目にかかるたびに久しぶりに従姉のおねえさんに会った気分になる方だ。わたしが一方的にそう思っているだけなのだけれど。
掲出句は、「MANO」第20号の〈姉の逆立ち〉20句の冒頭の句。「ああついに」という実際にはなかなか言いそうにない仰山な出だしが、「生姜の匂いする頃」につながるのが面白い。「生姜の匂い」は植物としての生姜なのか、食物としての生姜なのか。「頃」という表現は植物を思わせるが、わたしには食べ物としての生姜の匂いしか思い浮かばない。新生姜の甘酢漬けをつくるときに、茹で上がった生姜をざるにあげると、さーっといい匂いがたちのぼる。自分がまるごと、すーっと清浄になるような感じがする瞬間である。そんな頃を思い浮かべている。
本棚から、「セレクション柳人・樋口由紀子集」を取り出した。わたしが川柳を初めて間もないころに出された句集である。いま開くと、新たな由紀子さんとの出会いがあるような気がする。そんな予感がする。
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by nezimakikukai | 2017-05-09 23:23 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

?(クエスチョンマーク)のこと。

握手する?手袋外したミッキーと    魚澄秋来

句会で論議の対象になったのがこのクエスチョンマークである。選んだ人の第一声が「このクエスチョンマークはいらないのですが・・・」である。待っていましたとばかり、選ばなかった人から「そうでしょ、だから選ばなかったんだから。」と攻め立てられる。「いや、だから、クエスチョンマークはないものと思って読んで・・・。」「それは、だめでしょ!」「でも、手袋を外したらどうなってるのか、メチャこわくないですか?何が出てくるかと思うと、こわいですよ。」「わかりますよ、わたしだってクエスチョンマークがなかったら選んでましたから。」「でしょ?」「でも、クエスチョンマークはあるんだから、そこに目をつぶるのはナシですよ。」・・・という具合。
ともあれ、ねじまき句会においては、「?」がないほうがよいということで意見の一致をみたのである。
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by nezimakikukai | 2017-05-02 22:54 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

題詠「頂」より。

頂に押されて少し凹む空     早川由香

誰もがすぐにその情景を思い描くことができる。その情景を「頂に押されて」「凹む」と感じ、そう言葉で表現した瞬間に川柳になる。押す頂にも凹む空にもやさしさが感じられるのが心地よい。

丹頂の赤はサークルKの赤    なかはられいこ

丹頂鶴の頭のてっぺんの丸い赤。それとサークルKのKとそれを囲む丸の赤。よくぞ発見されました!だからどうってことは何もないのだが、こんなこと言われてへーって思うと、何だか古い角質のたまった心のピーリングができそう。

4月のねじまき句会は尾張旭の水野奈江子さんと秋田の一帆さんが参加してくださった。

頂上の手前がいつも混んでいる  水野奈江子

見逃してあげるさくらの有頂天  一帆

ねじまきスタイルは、選んだ理由も選ばなかった理由を述べることなので、お二人にもどんどん意見をうかがった。私たちは楽しく活気のある時間を過ごさせていただいたが、お二人にも楽しんでいただけただろうか。
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by nezimakikukai | 2017-04-25 23:10 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

練習帖なるもの。

好奇心から「俳句川柳短歌の練習帖」(土屋書店)という本を開いてみた。「上級テクニック」がマスターできるらしい。「うまくなるポイント」が書いてあるらしい。そして「これ一冊解けば作品力がつく!」という問題が載っているようだ。本当は俳句や短歌についても読んで比べてみたかったのだが、ひとまず川柳の部分を拾ってみた。「どれが本当の川柳?」というセンセーショナルなタイトル。「本当の」って何なんだろう。駄洒落や語呂合わせはだめだということはわかるのだが、「川柳的含み」が感じられるかどうかで本当の川柳か否かを判断するというのはよくわからない。そもそも「川柳的」って何なのだ。それこそ、何を「川柳的」とするかがさまざまなのではないのか。「言葉のセンスアップ」のページものぞいてみる。陳腐な説明は避けるとか慣用表現は使わないとかの、やってはだめですよのアドバイスは確かにそのとおりだと思う。こういうのがいいですよ、という説明は難しいのかなかなかしっくりこない。ふうん、これが練習帖なるものなのだな。書店でこの本を手に取る人がいて、ちょっと書いてみたくなって、川柳を始めるきっかけになったら幸いである。句会に出会い、人と出会い、いろんな作品を読んで、そこから先はきっと自分で考えて、行き詰って、また考えて書いていくしかないのかなあと思った次第である。
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by nezimakikukai | 2017-04-18 23:26 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

清潔な終焉を聴く貝の耳   小池正博

私はこの句から聞こえてくる静寂が好きである。終焉は清潔で、それを聴くのは耳、そして耳は貝。どこまでも静かな世界だ。肯定も否定もない世界の耳。

「川柳カード」が3月発行の第14号をもって終刊した。冒頭の句は、その14号の小池正博さんの10句『動物図鑑』の最後に置かれている。そうなると意味深長な気もするのだが、それ以上にわたしには堀口大学の訳詩を思い出させる。

わたしの耳は貝の殻  海の響きを懐かしむ
    (ジャン・コクトー  堀口大学訳)

郷愁を感じさせる響きはそのせいだったかもしれない。
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by nezimakikukai | 2017-04-11 23:25 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

鉄塔は鉄の頃からさびしがり   なかはられいこ

3月の題詠「頃」の最高点句。鉄塔に鉄の頃があったのはあたりまえのことだが、そのことに思いを馳せる人はどれほどいるのだろう。わたしがこの句に惹かれるのはまさにその点である。もちろん、さびしがりだと心を寄せることにも共感するのだが、それもこれも鉄の頃があったことに気づいてこそだと思う。川柳を書くということは、対象に対する曇らない眼をもつこと、偏見のない柔軟な視線でまっすぐに見つめることなのではないかと改めて考えさせられた一句である。おぼろげな記憶なので間違いがあるかもしれないが、東京タワーは朝鮮戦争の戦場から帰ってきた戦車や武器を溶かした鉄でつくられたと何かで読んだように思う。あの赤い鉄の塔が生まれたときから悲しい記憶をもっていたという話である。だとすれば、さびしがりなのももっともなことだ。最近、スカイツリーを隅田川の向こうに見る機会があった。川面を見ていてたまたま顔を上げたらライトアップされた美しい塔があって、「ん?スカイツリー?」と気づいたのだが、あっけらかんとして割に感動が少なかった。さびしがりだった頃のない素材で構築されているせいだろうか。
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by nezimakikukai | 2017-04-05 01:38 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

小池正博氏来名。

「来名」と入力しようとしたら、「雷名」が出た。確かに、名声とどろきわたる小池さんなり。次に「雷鳴」。雷の鳴るごとき厳しい批評で句会をバッサリ!・・・いえいえ穏やかな小池さんであった。で、やっと「来名」。川柳のためなら全国どこへでも飛んでいく小池さんが、ねじまき句会参加のために名古屋に来てくださったのだ。遠いところをようこそ!と、青砥和子さんの計らいで小池さんを囲む名古屋飯の会を催したあと、句会に参加していただいた。小池さんにも事前に投句をしていただき、いつものように作者名を伏せた状態で選句をする。選んだ理由、選ばなかった理由も他のメンバーと同じように述べていただいた。いつものメンバー以外の方の意見が聞けるのは新鮮で楽しい。その句会の結果報告は来週にはできる予定。
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by nezimakikukai | 2017-03-21 22:49 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

樹萄らきさま

いつも「ねじまき」を読んでくださってありがとうございます。
らきさんの送ってくださる冊子には、その年のらきさんがぎっしり詰まっているので、一度もらきさんにお会いしたことのない私ですが、旧知の間柄のように錯覚してしまいます。2016年のタイトルは「霧隠才蔵様ですね奥へ」でした。さあ、私はページが開けません。霧隠才蔵は奥へ案内されるのだな。猿飛佐助はあかんのか?たしかに才蔵さんはかっこよさそうだけど、そういう問題か?なんで才蔵さんだけOKなのかと立ち止まってしまうからです。挙句の果てに、いいや、才蔵様ってことにしよ、と奥に分け入ってしまうのですけどね。ひとたびページを開くと、そこは一面の〈らきさんワールド〉。楽しく交信させていただきました。毎年こうしてらきさんにお会いできることを楽しみにしております。2016年のらきさんの川柳から。

いざいざいざ春に怯むはいとおかし
空に問う大きいものは何ですか
雨がくるでんぐり返るどんでん返る
新しいノート引っ掻き傷模様
角度にも弱さはあって三角定規

2017年もいっぱいらきさんの言葉をつづってください。
ねじまきもがんばります。
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by nezimakikukai | 2017-03-14 20:39 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

愛とルッコラ

雪の日よ今日さがすのは愛とルッコラ   魚澄秋来

サラダがつくりたかったのだろうか。ルッコラのサラダが食べたいと思ったら、もうどうしてもルッコラ!みたいな。ついでに愛もさがしてみたというような愛のさがし方に嫌みがない。ルッコラと一緒に探す愛なら重苦しくなくていいかもしれない。冒頭の「雪の日よ」がよく効いている。すーすーとした冷たさがあって、雪の日にわざわざさがすルッコラであって、ついでにさがされる愛があって、なにやら妙におもしろく、かつ爽やかである。よく知っていると思うのだけれど、食べてみると微妙に自分の知っているのとは違う味のものを舌の上で転がしているような不思議な感覚がある。
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by nezimakikukai | 2017-03-07 22:56 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)



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