月刊 ★ ねじまき 

カテゴリ:火曜日にはねじをまく。( 162 )

7月の「頭」

前頭葉ななにんがけのななつぶん   瀧村小奈生
頭からバリバリいった理想論     猫田千恵子

11点句と10点句。7月の頭2句である。両方を選んでいる人と片方だけの人が半々くらいで、瀧村が猫田の句に、猫田が瀧村の句に票を入れていないというのもおもしろい。つまり、傾向あるいは好みの分かれる高点句ということになりそうだ。句会の高点句が必ずしも優れた句だとは限らないというのは周知のことだが、高点句に対して選ばなかった理由が語られるのは、ねじまき句会のよいところだと思っている。「なんだかわからないけど、よかった。」みたいなところで終わらずにすむという点で、作者にとっても、それは幸運なことではないかと思う。
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by nezimakikukai | 2017-07-25 23:28 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

金曜日です!

なぜ、きょうが金曜日なのか。火曜日はどこにいってしまったのか。完全に火曜日を通り過ぎてしまったことに気づいたばかりで動揺している。海の日のせいで曜日がわからなくなったとか、暑すぎるせいだとか、いろいろ言い訳しようとしてみたが、納得のいく言い訳などあるはずもない。本当に申し訳ありません。ごめんなさい。恥ずかしい!
こんなときはいろんなことを言ってみよう。

げんこつをまるくなるまでなめてみる  ながたまみ
とおまきにはるまきをみるかっぱまき  二村鉄子
いかんがなあきまへんがなひきがえる  魚澄秋来

ひらがなの優しさが身に染みる日である。 
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by nezimakikukai | 2017-07-21 16:13 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

「川柳杜人」70周年記念句会。

11月4日(土)に「川柳杜人」の70周年記念句会が行われる。そしてこの句会は、山河舞句追悼句会でもある。舞句さんに初めてお会いしたのが去年の秋。それが最初で最後になるとは夢にも思わなかった。一度聞いたら忘れることのできない素敵な声と穏やかな物腰が印象的だった。「杜人」254号は舞句さんの追悼号になっていて、はじめて舞句さんの川柳をまとめて読ませていただいた。

海を見たくてタイムカードを押している

タイムカードを押す日常を繰り返しながら海に誘われる心。でも海に行くことはなく、休まずタイムカードを押し続ける日々が続く。タイムカードを押すたびに潮騒を聞き、潮の匂いをかぐ。海を見たくてタイムカードを押すというのは、こういうことなのだろうか。

パチンコ屋の灯りだあれがニッポンだ

こんな句も。思わず、西岡たかしの「遠い世界に」を思い出した。そういえば二人は同じ世代かも。「まぼろしの翼とともに」と歌ったフォークソング歌手と共通のスピリットを抱えていらしたのだろうか。

コロッケを2個お願いという電話

2個をどうとらえるかがおもしろい。2個だから生まれる誤解。頼まれたほうは、相手と自分の1個ずつだと信じて疑わない。でも実は頼んだほうは、自分が2個食べたかったのだ、とか。舞句さんなら1個ずつだと思い込みそうだなあ。優しくて、ちょっとさびしそうな表情が浮かぶ。

舞句さん、11月に仙台に会いに行きますね。
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by nezimakikukai | 2017-07-11 23:17 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

アリスの頬もデーモン閣下の頬も。

6月の題詠は「頬」。「頬」の文字を含む句が20句ずらりと並んでいる様は何やらおもしろい。まさに頬、頬、頬の図である。普段は見られない「キス」だの「恋」だのという単語も飛び出して、「頬」という語の持つ力を改めて知ることとなる。ふっくらと紅をさしたアリスの頬もあれば、白地にグレーで区切られたデーモン閣下の頬もある。なかなかやるなあ、頬。20句の中でもっともシンプルだと思えるこの句に心ひかれた。

頬骨のカーブが同じ顔二つ    猫田千恵子

この二つの顔は血縁者だろう。「頬骨のカーブ」という繊細な部分がまさに同じなのである。だからどうというわけでもなく、作者は同じ顔が二つあるよと言うだけだ。それで十分伝わってくるものがあることがおもしろい。同じだとうれしいとか嫌だとかでもなく、同じだという厳然とした事実がある。頬骨のカーブや、薬指の傾き方や、背中の肉の付き具合など、同じとしか言えない何かに気づいたときの感慨がまざまざと伝わってくる。
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by nezimakikukai | 2017-07-04 23:44 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

靴眠るあるじの足の形して    丹下純

どうということのない日常が気負いなく切り取られている。靴は玄関に脱がれたままの形で置かれている。人は寝静まった頃だろう。そこには書かれていない薄暗い闇と薄明るい光まで感じられる。「あるじ」という言葉が靴の持ち主の不在を鮮やかに意識させる。句会での読みでは、「あるじ」は亡くなった方だという読みと、そうではないという読みとがあったが、それはどちらとも考えられるし、読者に委ねてよいと思う。「眠る」という言葉が死を連想させるのだと思われるが、必ずしも死者に限る必要もないだろう。玄関で眠る靴には確かに「あるじ」がいた。そこには「あるじの足の形」が明らかに存在する。しかし、「あるじ」は不在である。その不在または喪失の感覚がこの句の中心ではないだろうか。読んだときに、ネムルのルからアルジのル、アルジのアからアシのアへとつながる音とリズムが心地よい。わかりやすい言葉で場面をわかりやすく描きながら、奥行きがあり、受け取ることのできる情報量の多い句である。
丹下純さんは、5月からねじまき句会に参加したニューフェースである。とは言っても、朝日新聞の東海柳壇の常連でもあり、お名前をご存知の方も多いにちがいない。純さんの参加でねじまきはいっそうパワーアップしている。
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by nezimakikukai | 2017-06-27 23:12 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

桑原武夫さんです。

文学作品は、それ自体として独立した客観的な一つ一つの「もの」である。近代リアリズムに立つ小説は、とくにそうである。だから、その作品を作者がいかなる状況で、いかにして書いたか、またその苦心などを知ることは、もちろん悪いことではないが、それらは作品享受のために不可欠な前提条件ではない。つまり、すぐれた作品は、そういうことを何も知らずに、直接ぶつかってわかり、また味わえるはずなのである。
                       桑原武夫「文学入門」より。

小説に限らず、川柳や俳句や短歌でも同じことが言えるだろう。おとといの日曜日の句会のあとに、このようなことについて話し、そのあと行ったライブで歌詞についてのMCを聞きながらまた同じようなことを思った。そして、きょう、いかにもタイムリーに桑原武夫氏の文章を偶然に目にした。わりと、こういうつながり方は多いように思う。
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by nezimakikukai | 2017-06-20 23:31 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

ちぇっ!

轢いた時ペットボトルがちぇっと鳴る    猫田千恵子

第140回雑詠の句である。ペットボトルは「ちぇっ」とは鳴らないだろうと思うのである。ベリ!とかバリボリ!とか、そんな感じじゃないだろうか。だがしかし、「ちぇっ」が圧倒的にいい。音のリアリティーなんかは抜きにしてというより、そんなものはどうでもよくて、「ちぇっ」でなければ面白くない。リアリティーはないけれども、すんなり受け入れられてしまうのも面白い。ペットボトルがアニメのキャラクター化して表情豊かな顔を持つ。もう「ちぇっ」以外には考えられない。「ちぇっ」と聞こえなかったのに、「ちぇっ」を聞き取ってしまった猫田さんは素晴らしい!・・・とわたしは思っている。
ところで、「ちぇっ」って実際にはなかなか言わない言葉(出さない音)じゃないのかなあ。ここに8回も「ちぇっ」があることもなかなか不思議である。
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by nezimakikukai | 2017-06-13 23:08 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

5月の初参加。

5月の句会にも初参加がお二人。奈良県から岡谷樹さん、愛知県刈谷市から丹下純さん。樹さんと純さん、一文字ネームのお二人はともに女性である。例のごとく、初参加であろうがゲストだろうが、遠慮なく選んだ理由も選ばなかった理由も言っていただく〈ねじまき流〉で会に加わっていただいた。5月の句会は、いつもの会場がとれなかったので、名古屋市の南のはずれ、緑区の鳴海にある生涯学習センターが会場である。鳴海は、芭蕉もたびたび訪れて門人の下里知足(鳴海六俳仙の筆頭)らと連句を巻いた土地であり、東海道の宿場町としての歴史も古い場所なのだが、今回はご案内をする時間もなくて、奈良からしかも初参加の岡谷さんには何やら申し訳ない気持ちである。新しい人が加わると、風がすーっと流れるように、生き生きとしたものが流れ込むような感じがする。

封しても漏れ出す海の物語     岡谷樹
またしまういつか伝えるさようなら 丹下純
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by nezimakikukai | 2017-06-06 22:12 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

憎い順。

足の爪憎い順から切っていく   北原おさ虫

「足の爪」だから「憎い順」が活きるのだろう。親指の爪はやたら固いし、それ以外の爪もかっこいいかたちをした爪がなかなかない。小指なんてかわいそうなくらい縮こまっている。「憎い順」は字義通りの憎さというよりは愛着も含んだ憎さのように思われる。「足の爪」と「憎い順」の組み合わせが票を集めた理由だろう。そして、たぶんこのおもしろさには、選んでいない人も反応しているはずである。では、なぜ?足の指の爪を切る順番はいつも決まっていて、しかも、親指→人差し指→中指→薬指→小指のように、順番というよりは順々なので、「憎い順」のように順が設定されることがぴんと来ないのだ。言葉の次元では楽しめても、現実的にはひっかかってしまうということだろうか。もちろん、選んだ側の人の中には、この決まりきった順々を「憎い順」とみたところを評価する人もいる。この句に限らないことだが、選んだ人もそうでない人もかなりのところまで共通に評価していて、自分の選の中に入れるか選からもれるかが、ほんのちょっとしたことで分かれることがある。
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by nezimakikukai | 2017-05-30 22:54 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(0)

「川柳 カモミール」

青森県八戸市のカモミール句会から「川柳 カモミール」が発行された。真っ白なカモミールの花の色をした1冊だ。つるつるの手触りはカモミールの清浄さだろうか。ほっと心を癒してくれるカモミールティー。カモミールには「逆境の中のエネルギー」という花言葉もあるらしい。発行人は笹田かなえさん。笹田かなえさんは、ねじまきとのご縁もひとかたならず深い方だ。同じくメンバーの守田啓子さんと一緒に、ねじまき句会にゲスト参加してくださったこともある。第1号は、各メンバーの句に「連衆」の谷口慎也さんと「おかじょうき川柳社」のSinさんの句評も添えられていて、とても興味深い。
かなえさん、カモミール句会のみなさん、「カモミール」創刊、おめでとうございます。真っ白な表紙を開いて、ゆっくり読ませていただきます。
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by nezimakikukai | 2017-05-23 22:59 | 火曜日にはねじをまく。 | Comments(1)



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